お気に入りの音楽を聴きながらスヤスヤと眠る

耳元で囁くような優しいスピーカー

枕元においてお気に入りの音楽を聴きながら眠る、そんなシーンにぴったりのピーナツ型のピロースピーカーです。
このミニサイズながら、くぼみのある形が左右の音を自然に分離させているので、音の分離性能が良く、ステレオの臨場感!音質は中音でまろやかなうえ、とてもクリア。電池が不要で使いたいと思った時に必ず使えます。丸みをおびたデザインですから枕元でぶつかっても痛くありません。表面は手触りの良いマット仕上げ。枕の上やピローケースの中に入れて使う事もできます。



自然でやさしい音だから、就寝時に聴いていて疲れません。お気に入りの音楽を聴きながらスヤスヤと眠りたい時は、このピロースピーカーで決まりです。

ピシッとキメた紳士があなたのペンを支えます

デスクを和ませるペンスタンド

ビシッとキメた髪型に、ぴったりスーツ姿の紳士がキュートなペンスタンドになりました。にこやかな表情に、安心感漂う紺のスーツという出で立ちで毎日使うペンを支えてくれます。ドイツのALFI社によって昔からの変わらぬ金型で作られているフィギアで、人の手でひとつひとつ丁寧にハンドペントされています。たまに紳士の顔にちょこっとペンキが付いていたりすることもありますが、そこはご愛嬌。ペンスタンドとしてはもちろん、キーホルダーとしてもお使いいただけます、デスクトップをゆるく和ませてくれる一品です。

【R】紳士ペンスタンド ネイビー

【R】紳士ペンスタンド ネイビー

価格:1,680円(税込、送料別)

悩んだとき、困ったとき、落ち込んだときにヒントをくれるフロアランプ

内田繁のフロアランプは卵型をしていますね。もちろん内田繁が卵型の中から光が出てくるのを考えたわけですが、自然界のフォルムの美しさを最も言いたかったのではないかと思っています。

自然界というのは非常に美しくしかも規則正しく作られているのですね。

たとえば、太陽が今の位置よりも少しずれれば、地球はまたたく間に温暖化したり冷却化したりするわけで、今の位置が一番地球にとっては好都合なのですよね。

自然界の卵の形状の同じようなことがいえるのでしょうね。難しいことは省きますが、卵は中からヒナが突くと同時に、親や外から同時に突いて殻を破るのだそうですね。

卒啄同機 とも言われますね。

卵はものの始まりであり、そこから何を始めるかが一番の問題でしょう。自然界の卵であればヒナが次第に大人に成長していけばよいのですが。

内田繁のフロアランプは悩んだときに何かヒントをくれるような気がしています。困ったことが起きた場合や、落ち込んだときにはこのフロアランプでゆったりとした時間を過ごしてみてください。



イタリア語でたまごを意味する
このウォーボは、空間をつくるフロアランプです。
大きなたまごの光は、室内の中心をつくるとともに、成型された乳白色のポリエチレン樹脂を通して広がる柔らかい明かりの世界はどんな空間にもやさしく愛着のある環境をつくりだします。

内田 繁(うちだ しげる、1943年2月27日 - )はインテリアデザイナー。学校法人桑沢学園専門学校桑沢デザイン研究所所長。神奈川県横浜市出身。桑沢デザイン研究所卒業。

日本を代表するデザイナーとして商・住空間のデザインにとどまらず、家具、工業デザインから地域開発にいたる幅広い活動を国内外で展開。

1943年横浜生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。東京造形大学、桑沢デザイン研究所客員教授。毎日デザイン賞、商環境デザイン賞、第1回桑沢賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章等受賞。

代表作に六本木WAVE、山本耀司の一連のブティック、科学万博つくば’85政府館、ホテル・イル・パラッツオ、神戸ファッション美術館、茶室「受庵、想庵、行庵」、門司港ホテル、オリエンタルホテル広島ほか。メトロポリタン美術館、サンフランシスコ近代美術館、モントリオール美術館、デンヴァー美術館等に永久コレクション多数。

1943横浜生まれ
1966桑沢デザイン研究所卒業
1970内田デザイン事務所設立
1973桑沢デザイン研究所講師
1974東京造形大学講師(-1978)
1986ワシントン州立大学一般公開講演/コロンビア大学講演
パーソンズスクール オブ デザイン講演
1987毎日デザイン賞受賞
1988「September」(椅子) メトロポリタン美術館に永久コレクション
1989シンポジウム「WESTWEEK'89」講演(ロサンジェルス)
1990BEST STORE OF THE YEAR 特別賞受賞/商環境デザイン賞'90大賞受賞
2008年4月、桑沢デザイン研究所所長に就任。

受賞:1987年毎日デザイン賞、2000年芸術選奨、2007年紫綬褒章他多数。
代表作:山本耀司のブティック一連、茶室「受庵・想庵・行庵」、門司港ホテルなど。
永久コレクション:メトロポリタン美術館他多数。
著書:『プライバシーの境界線』『日本のインテリア全4巻(共著)』『インテリアと日本人』『家具の本』『普通のデザイン』他。
科学万博の政府館のプロジェクトに参加。
元東京造形大学講師。
2007年11月には、多摩川アートラインプロジェクトに参加。

住まいのインテリア(新潮社)1986年刊
インテリア・ワークス 内田 繁・三橋いく代とスタジオ80(六耀社/Taschen)1987年刊
椅子の時代(光文社)1988年刊
都市を触発する建築 ホテル イル・パラッツォ(六耀社)1990年刊/共著
日本のインテリア全4巻(六耀社)1994年刊 内田 繁/沖 健次共著
プライバシーの境界線(住まいの図書館出版局)1995年刊/共著
Interior Design Uchida, Mitsuhashi, Nishioka and Studio 80 Vol.II (Taschen)1996年刊
門司港ホテル アルド・ロッシ 内田繁(六耀社)1998年刊
インテリアと日本人(晶文社)2000年刊
家具の本(晶文社)2001年刊
内田繁with 三橋いく代(六耀社)2003年刊
茶室とインテリア(工作舎)2004年刊
普通のデザイン(工作舎)2007年刊
デザインスケープ(工作舎)2009年刊

強烈かも知れないな、君の場合の方がね。そういうことがね、デザインをしていく上で最も重要なことなんだよ。価値観は一つではないんだよと、知っておかないと、一体何のためにデザインをしているんですか? 

もちろん日本に住んでいるわけだから、日本人が快いようなデザインをしようと考えるわけ。しかしそれがすべてだと思っていたら大きな誤解を招くわけで、その後僕は仕事上で外国に行くことが多くなった。そうすると、やはり彼らと価値観はだいぶ違うということが分かる。その価値観の違いというのは、互いにいがみ合うための違いなのか、そうじゃなくてね、価値観の違いというのは実はおもしろいのはどっちのことだろうと思うようになるんだ。

僕はどちらかと言うと、価値観の違いはおもしろいんだなという見方になっていく。それは簡単なことでね、なぜなら、なんでみんな外国に旅行に行くんだ? って訊いてみれば簡単に分かりますよ。「違うから行くんだよ」(笑)。

人の観察はあえてじっと観察しているわけではなくて、たいてい誰でも、君もみんなそうだと思うけど、自然と観察してしまうこともあるじゃないか? 自然と観察したものは、身体の中に残っていて、それが何かのシーンの時に出てくる。だからそういう見方をするならば、僕は結構人の観察は子供の頃からしていたのかも知れないね。

和の心が見事に表現されています 五十嵐 久枝のキャビネット

「脱帽」という以外に言葉が見つからない作品ですね。

和の心が見事に表現されていますね。シンプルなデザインではありながら、千鳥格子を巧みに駆使して温もりと楽しさが伝わってきますね。

このようなキャビネットがあれば大切に使いますし、キャビネット内も整理整頓してしまいそうですね。

整理整頓が上手でない人や、掃除があまり好きでない人には何となく置いて欲しいキャビネットですね。



金属の取っ手を使わずに開け閉めできるデザインが特徴の「TANGO」(タンゴ)シリーズ。キャビネット165は、扉がそれぞれチドリに配置されたユニークなデザインの収納キャビネットです。収納に扉が付いているので、小物や本など煩雑にならず、綺麗に収納できます。

五十嵐 久枝(いがらし ひさえ)はインテリアデザイナー、家具デザイナーである。桑沢デザイン研究所インテリア・住宅研究科卒業。クラマタデザイン事務所を経てイガラシデザインスタジオ設立。

東京生まれ
1986 桑沢デザイン研究所インテリア・住宅研究科卒業。
1986〜91 クラマタデザイン事務所勤務。
1993〜 イガラシデザインスタジオ設立。
1996〜08 桑沢デザイン研究所非常勤講師。
2002〜 グッドデザイン賞 審査委員。
2007〜 女子美術大学 非常勤講師。

日本のもつ「和の心」を見事に表現したアメリカ在住のイサム・ノグチ

アメリカの生活が非常に長いと言うのか、ほとんど日本では生活らしい生活はしていなかったイサム・ノグチですが、日本の心は普通の日本人以上に捉えていたのではないでしょか。

日本のもつ「和の心」や「純粋さ」がこの作品に見事に表現されていますね。岐阜県の提灯をモチーフとして作られ続けた「あかり(Akari)」シリーズですが、いつ見ても新鮮に見えるから不思議ですね。



イサム・ノグチ(Isamu Noguchi、日本名:野口 勇、1904年11月17日 - 1988年12月30日)はアメリカ合衆国ロサンゼルス生まれの彫刻家、画家、インテリアデザイナー、造園家・作庭家、舞台芸術家。日系アメリカ人である。

父は愛知県生まれの日本の詩人で慶應義塾大学教授の野口米次郎、母はアメリカの作家で教師のレオニ・ギルモア(Leonie Gilmour)。

1906年、先に帰国した父を追って母と日本へ移住したが、父米次郎は既に別の女性と結婚しており、母と二人で2歳から13歳までを東京で暮らした。小学生時代は横浜のフランス・カトリック系の私立小学校に通う。10歳ごろに木工職人宅に通い詰める。

1918年、母の意思で単身で米国へ送られ、インディアナ州ローリング・プレーリー近郊の公立中学校に入学。両親の知人宅へ寄宿。その後公立高校を卒業。芸術家を切望したため中学校長の斡旋でスタンフォード在住の彫刻家、ガッツォン・ボーグラムに弟子入りが叶う。しかし、敬愛する師から彫刻の適性を認めてはもらえず、挫折感から一時は芸術を諦める。

1923年ニューヨークへ移り、コロンビア大学医学部に入学し、日本より帰米してきた母と暮らすようになる。医学部に在籍しつつレオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校の夜間の彫刻クラスに通いはじめる。入学してすぐに初の個展を開催。ナショナル・スカルプチャー協会の会員に選ばれ、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインに出品する。美術学校の校長、オノリオ・ルオットロに彫刻に専念することを勧められる。

1925年、ニューヨークで活躍していた日本人の舞踏家伊藤道郎のダンス・パフォーマンスに仮面を制作。初めて演劇関連のデザインをする。

1927年、グッゲンハイム奨学金を獲得し、パリに留学。半年間、オーギュスト・ロダンの弟子である彫刻家コンスタンティン・ブランクーシに師事しアシスタントをつとめ、夜間の美術学校に通う。

1928年に奨学金の延長が認められずニューヨークに戻り、アトリエを構える。翌年、個展を開く。1930年から1931年にかけてパリを経由し日本へ旅立つ。

1935年、在米日本人芸術家の国吉康雄、石垣栄太郎、野田英夫らと共にニューヨークの「邦人美術展」に出品。

1941年、第二次世界大戦勃発に伴い、在米日系人の強制収容が行われた際に自らアリゾナ州の「日系人強制収容所」に志願拘留された。しかし、アメリカ人との混血ということでアメリカ側のスパイとの噂がたち、日本人社会から冷遇された為、自ら収容所からの出所を希望するも今度は日本人であるとして出所はできなかった。彼は後に芸術家仲間フランク・ロイド・ライトらの嘆願書により出所、その後はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにアトリエを構えた。

1947年、ジョージ・ネルソンの依頼で「ノグチ・テーブル」をデザイン・制作するなどインテリアデザインの作品に手を染める。

1950年来日。三越で個展を開く。丹下健三、谷口吉郎、アントニン・レーモンドらと知己になる。

1951年、リーダーズダイジェスト東京支社の庭園の仕事の依頼を受け来日。当時の岐阜市長の依頼で岐阜提灯をモチーフにした「あかり(Akari)」シリーズのデザインを開始。同年、山口淑子(李香蘭)と結婚(1955年に離婚)。鎌倉の北大路魯山人に陶芸を学び素焼きの作品制作に没頭。この頃に魯山人の邸宅敷地内にアトリエ兼住まいも構えた。

同年、広島平和記念公園のモニュメント(慰霊碑)にノグチのデザインが選ばれたが、原爆を落としたアメリカの人間であるとの理由で選考に外れた。しかし彼のデザインの一部は、平和公園にある丹下健三設計の「原爆慰霊碑」に生かされている(丹下はこのプロジェクトにノグチの起用を推挙した)。また、戦災復興都市計画に伴い計画され、平和公園の東西両端に位置する平和大橋・西平和大橋のデザインは、ノグチの手によるものである。彼は後年、アメリカ大統領の慰霊碑を設計したこともあるが、こちらは日系であるとの理由で却下された。

1961年、アメリカに戻り、ロング・アイランドシティにアトリエを構える。

1964年、アメリカの企業・IBM本部に2つの庭園を設計する。

1965年、横浜のこどもの国で遊園地の設計が実際の計画に移される。

1968年、アメリカ・ホイットニー美術館において大々的な回顧展が開催される。

1969年、シアトル美術館に彫刻作品『黒い太陽』を設置。東京国立近代美術館のために『門』を設置。この年、ユネスコ庭園への作品素材に香川県庵治町・牟礼町(現・高松市)で産出される花崗岩庵治石を使ったことをきっかけに牟礼町にアトリエを構え、「あかり(Akari)」シリーズを発表。ここを日本での制作本拠とし、アメリカでの本拠・ニューヨークとの往来をしながら作品制作を行う。

1970年、大阪万国博覧会の依頼で噴水作品を設計。

1974年、4芸術協会主催によるパーム・ビーチ彫刻競技会にて作品『インテトラ』が2等受賞。同地に設置。同年、東京の最高裁判所に噴水を設計し設置。

1984年、ニューヨークのロング・アイランド・シティのイサム・ノグチ庭園美術館が一般公開。同年、コロンビア大学より名誉博士号を授与され、ニューヨーク州知事賞を受賞。

1985年、翌年開催のヴェネツィア・ビエンナーレ(第42回)のアメリカ代表に選出される。

1987年にはロナルド・レーガン大統領からアメリカ国民芸術勲章を受勲する。

1988年、勲三等瑞宝章を受勲する。札幌市のモエレ沼公園の計画に取り組む。これは公園全体を一つの彫刻に見立てた氏の「最大」の作品であったが、その完成を見ることなく同年12月、心不全によりニューヨーク大学病院で死去。84歳。

1989年、遺志を継ぎ、和泉正敏が制作した遺作『タイム・アンド・スペース』が完成し、新高松空港に設置された。

婚礼家具:伝統の家具に光を 新婚世帯を応援、割引販売−−木工会館 /徳島

県内の6業者が出展
地場産業の木工業を支えてきた婚礼家具に改めて光を当てようと、徳島市立木工会館(同市福島1)で展示会が開かれている。県内6業者がドレッサーダイニングセットなど約40点を出展。新婚世帯を応援するため、通常の3〜7割引きの価格で販売する。
 
県内の木工業のルーツは、江戸時代の水軍の船大工にある。明治以降、船大工が木工業に転身し、戦後の高度経済成長期には婚礼家具を中心に出荷を伸ばした。しかし、近年は生活習慣の変化や、外国の安価な家具の進出で低迷。県によると、県内家具・装備品製造業の出荷額は90年の約1158億円から05年には約464億円に落ち込んだ。
 
会場には、丁寧なみがきで光沢のある表面に仕上げた家具が多数並ぶ。主催の市地場産業振興協会は「伝統に培われた徳島家具のよさを改めて訴えたい」としている。来月3日まで。入場は無料。26日には来場したカップルらに星占いのサービスもある。同協会(088・626・2453)。

楽天の円高還元セール

周りの企業の工場が海外移転し、解雇されたひとが目立ったいます。

円高で輸出産業は痛手をうけ、このままでは、もっと工場の海外移転が

進んでしまう心配があります。

一方、円高が悪いばかりでないのです。



テレビ報道をみていても、輸入ブランド品がかなり下がっていたり、

海外旅行プランが驚くような価格で提示されていたりします。

他にも、こんなときこそ、買い時の商品があるかもしれません。

名古屋市で物流コンサルタント、物流システム開発の潟Cレックス・ホールディングが自己破産

倒産速報です。愛知県名古屋市中区で物流コンサルタント、物流システム開発のベンチャー企業だった潟Cレックス・ホールディング(代表者:丁場康博)が倒産しました。自己破産を申請しています。負債総額は40億円です。

会社について
潟Cレックス・ホールディングは、2006年(平成18年)6月に設立された物流コンサルタント、物流システム開発業者で、ベンチャーキャピタル等からの出資も得ていた。荷主企業から、サービス向上・物流コスト削減・市場競争力確保などを目的として物流全体を一括して請け負うアウトソーシングサービス(3PL)を手がけていた。全国各地に拠点を有し、年収入高は2007年3月期(10か月決算)には約11億3300万円、2008年3月期には約18億4800万円、2009年3月期には約33億2100万円と急成長を遂げていた。

倒産の経緯
しかし、事業規模の急激な拡大にともなう拠点の開設や人件費の増加などで固定費がかさんでいたうえ、借入負担も重く、資金繰りは悪化。グループの再編などで再建を図っていたが業況に回復は見られず、先行きの見通し難から事業を停止していた。

編集後記
企業は社会貢献してこそ、という当たり前のことを当たり前にこなせる企業が日本に沢山できれば、偽装問題や裏金問題などの犯罪はなくなるはず。
そんなことを日頃思っていても、周りの企業にそういったところがないので、自分だけまじめにやっていることがおかしいのではないかと、どうしても思うようになりがちですが
この本に書かれている企業のやっている事を読ませていただいて、自分の思いと行動は間違っていなかったんだと、改めて自信がつきました。
企業が真っ当に努力する事はもちろんですが、それを支持できるなら、消費者もその企業の存続に協力していくるような社会になる事が、理想の社会だろうと思います。

日本でいちばん大切にしたい会社

漆職人が提案するゴミ箱のカタチ

漆職人が提案するゴミ箱のカタチ
ムダな装飾を一切排除した、エッジの効いたデザイン。深い茶色を塗装したシナ材の存在感。この美しいゴミ箱は、福井の漆職人によるブランド「yamato japan」によるもの。仕上げの丁寧さに職人技が光ります。

yamato japan/HANGER DUST W

ビニールが見えないので、ゴミ箱とは思われないかも
そして、このゴミ箱の最大のポイントはカバーを外した時にわかります。そこには、3つの切れ込みが。そう、ビニールをかけられるようになっているんです。再びカバーをかぶせれば外からビニールは見えず、鮮やかに分別できます。ちなみに分別は4つまでできますが、仕切りスペースは自分で決められます。

すぐに眠り込んでしまいそうな癒し系のソファ

すぐに眠り込んでしまいそうな癒し系のソファ

休日に家の中でゆっくりとくつろぎたいときには、癒してくれる素敵なソファがあると良いですよね。

そんな気持ちを表現したソファを探していました。従来のようなソファですと、長時間座るには意外と苦痛を感じたり、ソファに横になってもサイズが中途半端でなんとなく窮屈。結局はソファを枕代わりにして床に寝そべっています。

もっと楽な姿勢で使えるソファはないものかと探していましたら、マルコのソファが見つかりました。




もっちもちで癒し系♪マルコ 1P(1人掛け)



座るのも、横になるのも、枕代わりするのも自由自在で、こんなソファがあればかなりリラックスできそうですね。ただ、すぐに寝入ってしまうのではないかと心配しています。

これならどこにでも簡単に移動できるので、使わないときは部屋の隅に置いておけば良いので、我が家にはぴったりでしょうね。

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